父親が、相続人以外の人に全額を生前贈与してしまいました。財産を取り返すことはできるでしょうか

相続人以外の人に全額を生前贈与すれば、相続人の中には「許しがたい」と感じる方もいるでしょう。しかし、原則として、自分の財産を、誰に贈与するのも自由です。「相続人の意に反する」といった理由で違法行為にはなりません。

贈与は自由、が原則

したがって、父親の財産を受け取りたいなら、「贈与は自由」という原則に立って対処法を考えていかなくてはなりません。それには①遺留分を請求する②贈与契約の無効を訴える――といった方法があります。

財産権は憲法29条1項で保証されています。

憲法29条

財産権は、これを侵してはならない。

日本は、憲法に基づく私有財産制の国です。だれもが自由に自分の財産を処分できます。相続人以外の人に贈与するのも自由です。

また、契約自由の原則(私的自治の原則)というものがあります。この原則にあっては、契約の内容も、相手方も自由に決めることができます。

贈与というのは、契約の一種です。誰と贈与契約を結ぶか、何を贈与するかは自由に決められます。贈る側(贈与者)と受け取る側(受贈者)の合意があればよいのです。受贈者は相続人であっても、なくてもかまいません。相続人ではない人に贈与しても違法ではないのです。

民法521条

何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

遺留分を請求できる

とはいっても、何らの制限なく財産を処分できる、というわけではありません。関係者の法的な権利を侵害することはできません。

相続人以外の人に全額を生前贈与されたとき、相続人ができることとして、遺留分の請求(遺留分侵害額請求)があります。遺留分とは相続人の権利として民法で定められている最低限の取り分です。遺留分は法定相続分の2分の1です(直系尊属は3分の1)。父親が亡くなった時に、生前贈与によって財産がすべてなくなっていても、遺留分は請求できます。

遺留分

遺留分は、相続人の権利として民法で定められている最低限の取り分です。遺言で相続分を指定したり、遺贈したりするのは遺言者の自由であるとはいえ、あまりに偏った財産…

遺留分請求の条件

ただし、遺留分を請求するには条件があります。受贈者が相続人でない場合は、贈与について以下のいずれかが条件になります。

贈与の条件

  • 贈与が亡くなるまでの1年間に行われた 
    (受遺者が相続人の場合は10年間の特別受益)
  • 贈与者と受贈者が遺留分を侵害することを知っていた

贈与者と受贈者が遺留分を侵害することを知らなかったら、亡くなるまでの1年間の贈与について遺留分を請求でき、知っていたなら、贈与の時期を問わずに請求できるわけです。

では、「遺留分を侵害することを知っていた」とは、どういうことでしょう。贈与することによって、相続人が遺留分を受け取れないことが確実になるのであれば、そう言えるでしょう。

収入があって、贈与した時点以降に財産が増えるなら、相続人にもいくらかの財産が渡りますので、「遺留分を侵害することを知っていた」とは言い切れませんが、収入ががなく、財産が増える見込みがなければ、「遺留分を侵害することを知っていた」と考えることができます。

条件は贈与についてのものだけでなく、請求に関するものもあります。

遺留分侵害額の請求権は、①亡くなったこと②遺留分を侵害する贈与があったこと――の二つを知ったときから1年間行使しないと消滅します。また、亡くなってから10年を経過したときも請求権は消滅します。

贈与者が亡くなり、贈与があったことを知っていながら、1年間何もしないでいると遺留分を請求できなくなります。亡くなったことを知らなくても、死亡から10年経過すると請求できません。したがって、遺留分を侵害されたことを知っているときは、亡くなった後、なるべく早く請求した方がよいでしょう。

遺留分を払ってくれなかったら

遺留分請求の意思表示をする内容証明郵便を受遺者に送り、受遺者と話し合いをして合意できなければ、遺留分侵害額の請求調停を家庭裁判所に申し立てます。訴訟より調停を先にするのが原則(調停前置)です。調停が成立しなかった場合は、遺産分割調停のように自動的に審判手続きに移行することはありません。地方裁判所に訴訟を起こします。訴訟の場合は、弁護士にご相談ください。

遺留分侵害額請求の順序

内容証明郵便送付➡当事者協議➡調停➡訴訟

贈与契約の有効性を争う

父親の財産を取り戻すには、遺留分侵害額の請求のほかに、裁判を起こして贈与契約そのものの有効性を争う方法があります。

この場合、父親が贈与契約した際、契約できるだけの意思能力がなかったと主張します。認知症などに罹患していれば、こうした主張が可能です。裁判所が契約を無効と判断すれば、もらった財産は不当利得になりますので、受贈者は財産を相続人に渡さなくてはなりません。こうした主張をする際は、病院のカルテや要介護認定時の主治医意見書などで立証していきます。

また、贈与が不倫相手である愛人に対するものであれば、「公序良俗に反する」として無効を主張することもできます。

民法第90条

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

このほか、詐欺や強迫によって贈与した場合は、贈与契約を取り消すことができます。民法上の詐欺とは相手をだますこと、強迫とは脅すことです。贈与者に重要な点で錯誤(勘違い)があった場合も契約を取り消せます。

民法第96条

詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

民法第95条

意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤