
親が認知症になったとき、家族は本人の預金を引き出すことができますか


預金は預金者だけの財産
預金は、銀行との預金契約(金銭消費寄託契約)に基づく「債権」です。預金についての債権とは、預けたお金を返してもらう権利です。ですから、債権をもつ預金者が「お金を返して」と言えば、銀行は預金を払い戻さなくてはなりません。
この債権は財産であって、預金者だけの財産です。家族の財産ではありません。「将来相続するから」は理由になりません。
憲法第29条第1項 「財産権は、これを侵してはならない」
したがって、たとえ家族であっても、預金者以外の人が勝手に預金を引き出して使うことは違法です。家族が出金するためには、預金者の委任を受けなければなりません。委任による預金の払戻しは合法です。
窓口手続きでは、銀行によって委任状を求めたり、本人に電話をして意思確認したりするところがあります。
委任は契約の一種で口頭でも成立しますので、体が不自由になった親から「ちょっと、お金だしてきて」頼まれた子が、ATMで出金しても問題ありません。
民法第522条第2項 「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」
しかし、子が自分の車がほしいからといって、親に無断で親名義の口座から出金するのは違法行為です。
法律行為には意思能力が不可欠
権利義務を発生・消滅・変動させる行為を「法律行為」といいます。預金契約も、払戻し手続きも、払戻しを委任する行為も法律行為です。法律行為をするには、意思能力が必要です。
民法第3条の2「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」
つまり、認知症などで意思能力がない預金者は、委任という法律行為をすることができません。このため、家族が委任を受けて出金を代理をするという方法がなくなります。これは、ATMであっても、銀行窓口であっても同じことです。
しかし、医療費や介護費用など、本人にとってどうしても必要なお金もありますので、家族の請求に対してどう対応するかは銀行にとっても悩みの種でした。
全銀協が示したガイドライン
全国の銀行などで組織する全国銀行協会は、代理人による金融取引についてガイドラインを示しました。令和3年2月18日付けの「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」という文書で、預金者本人に認知判断能力(意思能力)がない場合、家族らとの代理取引にどう対応するか示しています。
・法定代理人との取引
「法定代理人(成年後見人等)との取引は、法的な裏付けのある代理権者との取引となることから、法定代理人であることを確認のうえ、各行の取引手順に則って対応する」
裁判所の選任した成年後見人等は、法的に代理権を与えられているため、預金者に代わって払戻しを受けることができます。家族も成年後見人等になることができます。
・任意代理人との取引
「本人から親族等への有効な代理権付与が行われ、銀行が親族等に代理権を付与する任意代理人の届出を受けている場合は、当該任意代理人と取引を行うことも可能」
意思能力があるうちに、本人が家族に代理権を与え、銀行に届出をしている場合は、家族の請求で払戻しできるということです。実際、各銀行で、様々な名称で、この代理人制度が設けられています。
・無権代理人との取引
「親族等による無権代理取引は、本人の認知判断能力が低下した場合かつ成年後見制度を利用していない(できない)場合において行う、極めて限定的な対応である。成年後見制度の利用を求めることが基本であり、成年後見人等が指定された後は、成年後見人等以外の親族等からの払出し(振込)依頼には応じず、成年後見人等からの払出し(振込)依頼を求めることが基本である」
とし、「極めて限定的な対応」の基準として以下の考え方を示しています。
「認知判断能力を喪失する以前であれば本人が支払っていたであろう本人の医療費等の支払い手続きを親族等が代わりにする行為など、本人の利益に適合することが明らかである場合に限り、依頼に応じることが考えられる」
無権代理人とは、本人に代わって法律行為をする代理権を持っていない人です。意思能力のない人は委任できませんので、成年後見人等か、意思能力があるうちに委任を受けている人を除くと、無権代理人になります。
銀行は、無権代理人に対して
〇成年後見制度の利用を求めるのが基本
としつつ
〇本人の利益になることが明確な場合は払戻し請求に応じてもよい
というスタンスです。
本人の利益になるものとしては、医療費が例示されていますが、介護費用、家賃、水道光熱費、税金なども含まれるでしょう。意思能力があれば、当然に支払っていた費用です。
まとめ
以上のように、家族による預金の払戻しを銀行が認めるのは、
- 本人に意思能力があって、本人から委任を受けている
- 本人から意思能力があるうちに委任を受けている
- 家族が成年後見人等に選任されている
- 本人に意思能力がないが、本人のためになることが明らか
のいずれかの場合になります。
とはいっても、意思能力の「ある」「なし」を容易に分けることはできません。家族からの請求があるたびに、意思能力の有無や使途を詰めるといのは現実的には難しいでしょう。
また、ATMでは、本人による操作か、家族による操作か確認できませんので、上記の原則に適合しない取引が行われているのも事実です。
しかし、原則から外れる出金をしていつと、他の親族から問題視される懸念もあり、家族は代理出金の原則についてよく理解しておく必要があるでしょう。
