長谷川式認知症スケールで何点あれば「遺言能力あり」と判断されますか?

認知症患者が遺言するためには

遺言をするためには遺言能力が必要です。遺言の内容とその結果を理解する力です。これがなければ無効です。認知症を発症していると、後から相続人などによって遺言能力に疑義が出されることがあります。しかし、認知症であれば、必ずししも「遺言能力なし」とはなりません。そこで活用されるのが、認知機能検査「長谷川式認知症スケール」(以下、長谷川式)です。

遺言能力の「あり」「なし」は、あくまで法律的な判断です。つまり最終的には裁判所が判断します。医師が決めるものではありません。しかし、医師による検査や診断は重視されます。短時間で効率的に診断できる長谷川式は、遺言能力が争われる裁判でよく取り上げられますし、公正証書遺言を作成する際に、公証人から求められることもあります。

長谷川式10点台は微妙なゾーン

長谷川式は、30点満点中、20点以下で認知症の疑いがあると判断されます。認知症の進行につれて点数は低くなり、1桁だと高度の認知症です。長谷川式の点数のみによって判断されるわけではありませんが、これまでの判例では、大まかに言うと、20点あれば、「遺言能力あり」、10点未満は「遺言能力なし」と判断される傾向があります。10点台は微妙なゾーンになっています。

長谷川式の点数と遺言能力の関係

京都地裁「4点」の衝撃

しかし、これは一般的な傾向であって、1桁の点数でも遺言能力が認められたケースがあります。京都地裁平成13年10月10日判決(事件番号:平成12(ワ)2475)です。

長谷川式点数遺言能力
4点あり

「遺言者の所有する一切の財産をAに遺贈する」とする公正証書遺言について、Bが無効を求めた裁判です。

遺言者(遺言時90歳)は、入院中だった遺言作成の1年前から、栄養チューブを自分で抜いたり、便を壁につけたりするなどの認知症の周辺症状があり、遺言作成の2か月前に実施された長谷川式テストで、30点満点の4点でした。日時の見当識、3つの言葉の記憶、計算などは0点です。遺言作成の3日前には、「かわいらしい」と言ってゴム人形を口に入れる行動もありましたので、認知症は相当進んでいたとみられます。

一方、前日には看護師に対し、自分の皮膚掻痒症について「かゆいのましや。あんたのおかげや。ほっほっほっ。また、おやつもって来とくれやすな」と語っており、普通の日常会話ができる状態でもありました。

この公正証書遺言は、公証人が病院に出張して作成されました。公証人が「土地、建物その他の財産を誰に引き継いでもらいたいですか」、「名義変更の手続などは誰にしてもらったらいいですか」と尋ねると、いずれも「Aさんです」と答えました。そして、公正証書遺言を1項目ずつ読み上げて確認したところ、遺言者はいずれも「はい」と答えました。遺言者は、回答を躊躇したり、言いよどんだりしませんでした。

コミュニケーション能力重視

裁判所は、以下のような理由で「遺言能力あり」と判断しました。

  • 看護師と交わした会話の内容を見ると、他者とのコミュニケーション能力や、自己の置かれた状況を把握する能力があった
  • Aが最も親身になって遺言者の世話をしたことから、自分の財産を引き継がせたいと思いつくのは自然
  • 公証人に対して意思を明確に示した
  • 遺言内容がわずか3か条から成る単純なものであった

この判決では、長谷川式の点数や周辺症状より、コミュニケーション能力を重視しています。そして、遺言書の内容が単純で、客観的に見て合理性があること、遺言書作成時にはっきりと意思表示をしていることも考慮しています。

遺言内容が単純であれば

遺言書の内容が、法律用語ばかりで多数の条文の並んだ複雑な内容であれば、違った判断が出たかもしれません。遺言能力は、「その遺言」の内容と結果を理解する能力です。遺言一般を理解する能力ではありません。遺言の内容を離れては判断のしようのないものなのです。

したがって、認知症の方が遺言書を作るときは、できるだけシンプルでわかりやすい文言にします。

遺言を作成するときは、遺言能力を相続人や公証人が判断することになります。その際は「裁判所ならどう判断するか」という視点で内容を固めていきます。

※長谷川式認知症スケール(改訂長谷川式簡易知能評価)とは

長谷川式は1974年に、精神科医の長谷川和夫氏が発案し、91年に改訂された検査です。9項目の質問事項があり、認知症で衰える見当識、記憶力などを調べていきます。検査時間は5分から15分程度です。診療報酬は80点(800円)です。

長谷川式認知症スケールの一部

関連条文
▽民法第963条 
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

民法