死亡前7年間の贈与を相続税の課税対象に加算することが、今月15日にも与党税制調査会(注)が公表する税制改正大綱に盛り込まれそうです。現在は、死亡前3年間の贈与が加算されていますが、加算期間が倍以上になります。政府税制調査会でも「加算期間を延ばすことが適当」と提言していました。3年が7年になると、どのような影響が出てくるのでしょうか。

現在の暦年贈与と相続税の関係は?

暦年課税とは、1年間(1月~12月)に贈与された財産から110万円を控除(引いた)した額に、10~55%の累進税率を適用する課税方法です。年間40万件にのぼる贈与税の課税件数のうち、9割がこの仕組みを使っています。

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この制度では、年間110万円までなら、贈与しても税金はかかりません。110万円はもらう人の限度額で、あげる人の限度額ではありません。子2人、孫5人に110万円ずつ贈与すると、年間770万円の贈与が贈与税なしで行えることになります。10年間だと7,700万円が非課税です。

年間300万円を贈与することにすると、300―110=190万円に対して贈与税が課税されます。190万円の税率は10%ですので、贈与税は19万円です。19万円を納めると、300万円を贈与できるのです。これを10年間続けたとすると3,000万円を贈与して贈与税は190万円です。税率にすると、6.3%にすぎません。

課税遺産総額が7億円ある富豪だと(相続人が1人の場合)、相続税率は55%ですので、7億円のうちの3,000万円に対しては、3,000万円×55%=1650万円ほどの相続税がかかってしまいます(ただし、全体の相続税で640万円の控除あり)ので、「190万円、6.5%」がいかにお得か、おわかりいただけると思います。富豪は相続財産を減らすほど得をするのです。

相続税に関する3つのタイプ

相続に際しては、相続税払わなくて済むのか、どの程度払うのかによって3つのタイプに分かれます。

  • 相続税がかからない
    被相続人(故人)の9割がこれに該当します
  • 一定の相続税はかかる
    年110万円は贈与した方が得だが、財産が基礎控除額近くなので適用される相続税率が低く、110万円を超えて贈与しても得にならない。
  • 高額の相続税がかかる
    110万円だけではなく、超過分の贈与税を払ってでも贈与した方が得。先述の7億円富豪などのケース。

7年加算になっても大半の人はあまり影響なし

国税庁の統計によると、令和2年の相続税申告があったのは120,372人(被相続人=故人の数)で、全国の年間死亡者1,372,755人に対する課税割合は8.8%にすぎません。91%は相続税を払わなくてよいのです。相続税を払うのは基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人)の額より財産が多い場合です。法定相続人が3人の場合は4,800万円です。

この9割の被相続人の子が、110万円を超えるまとまったお金が必要になって贈与を受けたい場合は、贈与分が相続時に課税される相続時精算課税を選択すればよいのです。これなら、贈与税も相続税も払わなくて済みます。

年間110万円以下なら、もともと贈与税はかかりませんし、何年分持ち戻されたとろで基礎控除額に達しなければ相続税はかかりません。したがって、加算期間が3年でも7年でも影響はありません。ただし、4年分持ち戻すことによって、基礎控除額を超えてしまうケースでは影響を受けます。

なお、法定相続人ではない孫への暦年贈与は、加算の対象外です。この点でいうと、7年加算になることによって、子に対する贈与より孫への贈与を選択する人が増える可能性はあります。

相続税がかかる財産を持っている人には影響が

影響があるのは、相続税がかかる財産をもった人たちです。亡くなるまでの10年間、毎年110万円を7人に贈与していた人の場合、7年―3年=4年分、つまり、770×4=3080万円に相続税がかかってしまします。

相続人が1人しかいない7億円富豪の例で考えてみましょう。話をわかりやすくするために年300万円贈与したとすれば、4年間分300×4=1200万円が、余計に相続財産に持ち戻され、これに55%をかけた660万円の相続税がかかります(全体の相続税で640万円の控除あり)。この間の贈与税は19×4=76万円でしたので、差額は660―76=584万円になります。国の側からするとこうした分、税収が増えます。

贈与の相続税課税期間の延長に関するイメージ画像

税調が改正したがる理由

①相続による格差固定を是正する

改正する理由は、▽資産格差の固定化を防ぐ▽若年層への資産の移転を進める――などです。これには、富裕層増税という意図も透けて見えます。

相続税を課する期間が長くなると、その分の非課税がふいになるわけですから、節税効果が薄くなります。政府税制調査会の問題意識は、「相続税がかかる者の中でも相続財産の多いごく一部の者にとっては、財産を生前に分割して贈与する場合、相続税よりも低い税率が適用されることとなる」というものです。これは上記③のタイプの人が贈与を使って相続税の負担を免れているのはいかがなものかという認識を示すものです。こうした「節税」が資産格差の固定化につながっています。昨年12月にまとめられた令和4年度の与党税制改正大綱でも「相当に高額な相続財産を有する層にとっては、財産の分割贈与を通じて相続税の累進負担を回避しながら多額の財産を移転することが可能となっている」と問題視していました。

②若年層への資産移転の促進

贈与の相続財産への加算期間は、若年層への資産移転にもかかわってきます。

相続税の課税対象になる期間が長ければ、贈与を始めるタイミングが早くなる力学が働きやすい。例えば、110万円を10年間贈与すると、現行の3年加算なら7年分は非課税になりますが、7年加算になると非課税は3年分だけになり、「もっと早く贈与を始めて非課税分を確保しよう」ともくろむ人が増えます。14年間贈与すると、今の10年間贈与と同じだけ節税できます。この理屈でいくと、資産移転は4年早くなるのです。

昭和33年の遺物

そもそも、加算期間は、死期が近づいたときに、節税を目的とした駆け込み贈与を防ぐために設定されたものです。3年の加算期間は昭和33年度(1958年度)改正で設けられました。昭和33年と言えば、ミッチー・ブームが起こり、長嶋茂雄さんがデビューし、東京タワーが完成した年でもありました。当時の平均寿命は、男性64.98歳、女性69.61歳でした。令和3年は、男性81.47歳、女性87.57歳です。18歳ほど差があります。一方、定年については、昭和33年当時は55歳でした。定年から亡くなるまでの期間が短かく、今と比べると贈与できる期間も短かった。そのため、節税贈与の防止を図る期間も3年でよかったのです。

ところが今は退職後に長いセカンドライフの時間があり、贈与できる期間も伸びています。長い間、暦年贈与できると、それだけ富裕層親子の節税が進み資産維持が容易になります。3年間では短すぎて節税防止が機能しません。そこで出てきたのが7年という数字です。政府税調では10年論も出ていました。

他国を見ると、この加算期間は、フランスで15年、ドイツで10年、英国で7年です。

駆け込み節税は許したくないが、資産移転を早めるなら目をつむる。富裕層の抜け穴を残しつつ、交換条件として贈与の「早さ」を強いるのが今回の改正でしょう。この条件を飲めない人には増税となります。

相続税収2兆円は増えるのか

政府・与党としては、加算期間の4年延長で相続税の税収増を図りたい思惑もあるでしょう。今は、防衛費や物価高騰対策で財源がいる時期です。相続税収が増えれば、願ったりかなったりです。しかし、富裕層の節税方法は、暦年贈与だけではありません。別の方法を用いる人が増えるのであれば、相続税収はさほど増えないでしょう。

令和2年の相続税の課税総額は16 兆 4106 億円、納付税額は2兆 928 億円です。7年加算によって納付税額がどう変化するのか注目されます。

(注)政府税制調査会と与党税制調査会の関係
政府税調と与党税調はどんな役割分担になっているのでしょうか。首相の諮問機関である政府税調は、学識経験者らで構成され、中長期的視点から税制のあり方を考えます。一方の与党税制調査会が、各省庁、自治体、経済界などから上がってくる要望などを審議し、政府税調の答申を踏まえ、12月中旬に来年度の与党税制改正大綱をまとめます。内閣はこの大綱などを反映させた政府の「税制改正の大綱」を閣議決定します。
実質的に税制を決めるのは、与党税調です。政党の政務調査会の一機関にすぎない与党税調が国の税制を決めるというのには釈然としないものを感じますが、長年そういうシステムになっています。

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