遺言は財産の未来図です
「遺言なんてまだ早い」
「遺言なんて縁起でもない」
と思っていませんか。
「遺言」という言葉の字面のせいでしょう。「遺」という字は「遺書」を連想させます。「言」と「書」が違うだけですから、ほとんど同じものではないかと。いえ、「遺言」と「遺書」はまったく別ものです。
「遺書」は死に際して、いまわの気持ちを書いたもの。法的効果はありません。「遺言」は、自分がこの世を去ったあとの財産の配分先を記すもので、法的効果があります。死期とは関係なく、いつでも書けるものです。いわば「財産の未来図」です。
英語では遺言のことを「will」といいます。意思を意味する「will」には「遺言」の意味もあるのです。遺言書を作ることは「make a will」といいます。「遺言」とは、その人の意思をかたちにする行為なのです。縁起が悪いものではありません。欧米ではかなり若いうちから「遺言」を書く人があると聞きます。日本でも、満15歳以上になれば、いつでも書けます。
リスクが高い「よきにはからえ」
遺言書なんて書かなくてもいい。うちは仲良し家族なので配偶者や子どもたちがうまくやってくれる――そう信じて疑わない方がたくさんおられます。
果たして、そうでしょうか。
仲がいいのは、あなたがしっかり家族をまとめているからかもしれません。お金のからんだ話しを今まであまりしたことがないのであれば、楽観はできません。
遺言書がなければ、残された家族はどうなるのでしょうか。
みんなで話をつけなければなりません
配偶者や子供たちなど相続人が、財産を配分先を決める遺産分割協議を行います。ここで、一人でも反対してハンコを押さない人がいると協議は頓挫してしまいます。こうなると家庭裁判所に調停を申し立て、調停が不成立なら審判になります。
独立した子供たちは、それぞれに家計をもっています。家のローン、子供の教育費、趣味、旅行…お金はたくさんかかります。家計については、子供よりその配偶者の方が発言力を持っていることがあり、本来、相続人ではない、そうした配偶者が遺産分割について横車を押してくるケースは少なくないのです。
また、親が子供たちの扶養に公平にお金を使ったつもりでいても、子供たちの気持ちは違うかもしれません。
「兄貴は私立の医学部に下宿して通っていたけれど、自分は自宅から公立学校に通っていた」
「妹は結婚の支度にたくさんお金をもらっている」
「弟はマイホームを買うときに頭金を工面してもらったけれど、自分は今も借家のままだ」…。
それまで胸に収めていた不公平感が遺産分割協議の場で噴出することもあるのです。
令和2年度の司法統計によると、全国の家庭裁判所での「遺産分割事件数」は1万1303件にのぼります。このうち、4060件が調停や審判で1年を超える時間を費やしています。これほどの件数も、相続によってもめごとになったものの一部にすぎません。裁判所にいかないまでも、「争続」に苦しんでいる人の数はずっと多いのです。
「遺産が少ないから、もめない」という思い込みがありませんか。実態は違います。同年度の遺産分割事件(調停成立など)では、遺産額1000万円以下が35%を占めます。5000万円以下だと8割近くになります。富豪だけがもめるわけではないのです。
たくさんの書類と署名とハンコが必要になります
遺産分割協議書には、相続人全員の署名捺印が必要であって、これに相続人全員の印鑑証明書を付けます。相続人が多く、それぞれが遠方に住んでいる場合は、署名捺印、印鑑証明書を集めるだけでも相当な手間になります。しかし、きちんとした遺言書があれば、基本的に遺産分割協議は不要ですので、人数分の署名捺印、印鑑証明書を集める労力も不要になります。また、相続登記や銀行手続きなどでも、一部書類の提出を省略できます。
遺言書の種類
遺言書では、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3通りがあります。秘密証書遺言はあまり利用されていないため、当事務所では自筆証書遺言と公正証書遺言を扱っています。簡単に言うと、手軽だけど落とし穴の多いのが自筆証書遺言、手間がかかるけど安全安心なのが公正証書遺言です。
*遺言者が署名できない場合
公正証書遺言では、遺言者が署名できない旨と理由を公証人が記し職印を押します。また、公証人が遺言者の氏名を代署し、押印のみ遺言者がするケースもあります。
遺言書保管制度
令和2年7月から始まった新しい制度です。遺言者本人が持ち込んだ自筆証書遺言を法務局が保管します。この制度を利用するメリットは、遺言書の隠匿や変造の恐れがなくなり、家庭裁判所の検認が不要になることです。
通常の自筆証書遺言と異なるのは、法務省令で定めるかたちで作成しなければならないことです。遺言書は封をせずに法務局にもっていきます(保管法4条1項、2項)。本人が法務局に出向くことができないときは、この制度を利用できません。
法務局が保管するといっても、法務局が内容の有効性についてお墨付きを与えてくれるわけではありません。内容は自己責任であって、法務局は、質問や相談にものってくれません。こうした点は公正証書遺言と違いますのでご注意ください。遺言者が死亡した場合は、相続人等が遺言書情報証明書の交付を申請し、これをもとに遺言執行を行います。
遺言書の必要性が高い場合
遺言はどなたにでも大切なものですが、特に以下のようなケースで必要性が高くなります。
- 夫婦の間に子供がいない
- 再婚し先妻の子と後妻がいる
- 老後の面倒をみてくれた子に多く相続させたい
- 長男の嫁に財産を分けたい
- 障害のある子に多く相続させたい
- 孫に相続させたい
- 内縁の妻に相続させたい
- 家業を継続させたい
遺言がないと、法定相続が基本となってしまい、相続人に当たらない内縁関係の配偶者や嫁などは弱い立場に置かれますので十分な配慮が必要です。